血のつながりはないけれど、私には「お父さん」と呼べる人がいました

家族のこと

 

私には「お父さん」「お母さん」と呼べる人が、実の両親とは別に2人います
そのお二人とは血縁は全くありません
でも、何処かで繋がっていたとしか思えない位、私は親として慕っています
その「お父さん」が今年の春、旅立ちました

 

「お父さん」の奥さん「お母さん」とは、不定期で連絡を取っていました

季節の挨拶やお誕生日などなど、時にはお電話でお話したり

特に私が介護中、「お母さん」には色々気遣っていただき、折れそうな心が折れなかったのは

「お母さん」のお陰でもありました

 

「お母さん」との出会いは今の職場に入社した、ピッチピチの20代の頃

まさに職場の「お母さん」的存在でした

「お母さん」は出荷業務のパートさんでした

よく可愛がってもらって、きっとウマが合ったんでしょうね

そのうち、プライベートでもお付き合いするようになりました

ある夏の日、

 

お父さんが小さい舟を持ってるから、海に行かない?

 

と誘われ、

「行く行くー♪」と、何も考えずに返事をした私

 

じゃあ、ここで待ち合わせねー

 

と向かった先はマリーナ

当時の私は、マリーナって何やねん?状態です。

そして、そこにいたのが「お父さん」と立派なクルーザー(◎_◎;)

 

え?小さい舟って言ってなかった?
これが小さい舟?
いやいや、どう見ても立派なクルーザーですけど^^;

 

20代の私は、そこで初めて思いました

 

お母さん、何者なん?

 

それ以来、夏になると「お父さん」「お母さん」、そしてその他の方達と海をご一緒するようになりました

今考えると、それはそれは贅沢な遊びだったわ~

 

暑い時期が終わったら、また別の楽しみを教えてくれたり、

自分の両親がやっている事とは真逆だったけど、その中での「教え」や「思い」は両親と同じような事を

伝えてくれていたように思います

だから、「お父さん」「お母さん」って呼んでいたんだな

それと、実親から言われたら反発してしまう事も、「お父さん」「お母さん」から言われると素直に聞けたんだよな

自分の親世代の方達とのお付き合いの大切さを知ったのもあの頃からだったかも

 

父の介護の頃や、亡くなった時は、まるで自分事のように接してくれました

そしていつものように、季節のご挨拶でメールを送ったら

予想しない返信に私の脳みそがバグって、理解ができなかった・・・

「お母さん」は何度か知らせようかと思ったけど、私は忙しくしているだろうから、落ち着いてからでもいいかなって

私ならその事を理解してくれるだろうと思っていたようです

その時期は私より「お母さん」がものすごく忙しくしていたと思います

「お父さん」の名前は大きく、色んな所の方達とのご縁が多く、「お母さん」もそのご対応で大変だったと思います

そんな中行くより、落ち着いてからゆっくり「お父さん」と「お母さん」と話がしたほうがいいもんね

案の定、「お母さん」はその報告を受けた私は、すっ飛んで行くと思ったんでしょう

 

あなたの都合でお線香をあげに来てくれたらいいわよ。

ゆっくりでいいのよ。

あなたが来てくれるって知ったら、お父さんすぐ帰ってくるわ^^

 

 

そして、

 

近くに住む息子たちがよく気にかけてくれるの。

きちんと食べなきゃダメだよ、とか

これ美味しかったよって届けてくれるのよ。

よくしてもらって、私は幸せよ。

 

とも言われていました

この事を母伝えると

 

「子供たちがよくしてくれるのよ。」という言葉を聞くと

嬉しくなるわね。

私たちの周りでは、子供が何もしてくれないって言う方が多いから

聞くだけで暗くなるもの。

 

と、「お父さん」が亡くなった事にはとても驚いていたけど、その後の話で心が温かくなったようです

 

「お父さん」と呼べる人がこの世から本当に居なくなってしまいました

けど、「お父さん」も父も、私にたくさんのことを教え、たくさんのものを残してくれました

今頃、空の上で二人並んで、私のことを見守ってくれているのかな

そう思うと、少しだけ心強くなります

 

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