20代の私に教えてあげたい 30年後は母と旅をしています

日々のこと

 

週に一度のテレワークをしています

そのテレーワーク日の私が仕事をする場所は、元々両親が縫製業をしていた工場の片隅

私の仕事はPCがあって、wi-fiがあれば何処でも可能な職務内容

むしろテレワーク日のほうが集中できて、ガシガシ進む^^;

そんなテレワーク日は何故か母も工場に来て針仕事

頼まれているちょっとした直しモノや、作り物をしているようです

 

この日は、北海道の思い出話をちょいちょいしながら

 

まさか北海道に2回も行くなんてね、冥土の土産がいっぱいできたわ。

それにしても、今回の北海道が今までの旅行で一番良かった。

小樽運河に昭和新山、函館の坂道も歩けたものね。

私は元々旅行が好きだから、若いころから色んな所へ行っていたけど

母は旅行をほとんどしていませんでした

自営という事もあって、父は付き合い上行っていたようですが

母は専ら留守を預かる係

 

お父さんは色々行っていたから、あっちで会っても文句は言われないわね。

ですって^^

 

貴女は若いころから色々旅行に行っていたから、手際も段取りも良くて

私はただついて行けばいいだけだもの。

ツアーみたいに時間にも追われないし、本当にいいわ。

そりゃそうでしょうよ^^;

 

私も、まさか母を連れて旅行に行くようになるなんて

思ってなかったわ。

 

 

20代の頃の私に教えてあげたいです

 

30年後のあなたは、母を連れてあちこち旅行に行くんですよ

って

20代~30代半ばの年末年始は、雪山にいました

雪山を卒業したら、今度は海外へ

よく遊びました

今でこそ家仕事や手仕事、庭仕事をやっていますが、当時の私は庭に草が生えていても

その草を跨いで通るような娘でした

とにかく色んな事をするのが楽しくて仕方のない年ごろでした

そういうお友達もたくさんいたし

縁あって、障がい者スポーツに携わるようになって

プライベートで試合の帯同を頼まれた事がありました

頼まれた当初は、快く引き受けました

でも、その試合の4日前に父が胃癌の手術、引き受けた時はまさかそんな事が起きるとは思っていなかったんです

頼まれたご家族には事情を言ってお断りしようかとおも思ったんですが、

 

あなたが居ても、何もする事はないんだから、

あなたの仕事をしていらっしゃい。

って言われた記憶があります

そりゃそうです、私は医者でも看護師でもありませんから

試合当日は選手(自閉症)とご両親と私と4人で試合会場へ

1日中一緒に行動をしていました

特に大きな問題もなく、その日1日が終わった気がします

帰り、駅地下の中華料理屋さんで4人で食事をしていた時、

選手のお父さんが

 

唐揚げ好きでしょ。父さんのあげるよ。

どうぞ。

ありがとう。

の会話を見て、聞いて

あー、私もこうやって育ててもらったんだなって思ったんです

そこからかな、親を大切にしなきゃという思いと、障がい者スポーツの関わり方を考え始めたのは

 

自分が考えている事の全部が出来ているわけではありません

色んな事を投げ出してプイっといなくなりたい衝動に駆られる時もあるし、

未だに母と大喧嘩することもある

それでもあの時の出来事を時々思い出すのは、

人って変わるんだなーって感じるからです

障がい者スポーツに関わって20年、これは我ながらよく続いたと思っています

一方、家仕事や庭仕事を始めたのはコロナ禍からなので、まだ5年ほど

若い頃の私は、庭の草なんて見向きもしない人間でした

でも今は、季節の移ろいを眺めたり、母と旅行に出かけたり、梅を漬けたり・・・

人って変わるものですね

20代の私が今の私を見たら、一番驚くかもしれません

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